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「郷土の鎮守様〜上福岡市〜」

<平成17年3月>

「その1」
上福岡ノ八雲神社」/「川崎ノ氷川神社」/ 「川崎ノ白山神社
長宮ノ氷川神社」/「駒林ノ八幡神社


「八雲神社」     
(埼玉県上福岡市上福岡鎮座)

素戔嗚尊

当地はもともと長宮氷川社の氏子地域であったが、東上鉄道開通、上福岡駅開業にともなって人口が増え、また長宮氷川から距離も多いとのことで、新たに鎮守を祀る機運が高まり、昭和5年に長宮氷川から素戔嗚尊を分霊。
氏子地域は上福岡駅周辺の地区、上福岡1〜6丁目、西1・2丁目、北野1丁目。

上福岡
正面
上福岡
境内

東武東上線上福岡駅から北東に50メートル。まさに駅前に鎮座。商店街も「八雲通り商店会」となっており、商業地の真っ直中。
神社は抜け道的な扱いを受けており、また境内で休息している人も多数。良くも悪くも駅前の神社らしい佇まい。
賑賑しいようで、狭い空間のなかでも「神社」としての気配を漂わせている。


「氷川神社」<村社>     
(埼玉県上福岡市川崎鎮座)

素戔嗚尊・奇稲田比売命・大己貴命

川崎は新河岸川流域の低地とそれに続く武蔵野台地台地上末端部。地域には縄文遺跡もあり、ふるくから開けていたことがわかる。
当社は甲斐武田氏過信の日出間三郎右衛門元春が武田滅亡後に当地に土着して村を開いたとされ、一説に当社は日出間三郎右衛門元春が祭神であるとも言う。
氏子地域は川崎地区の宮脇・宮後口・山向・宅地添・坂下・土橋・江川。ただし川崎地区の台は白山社を鎮守としている。
明治5年村社。

上福岡
正面
上福岡
参道
上福岡
拝殿
上福岡
社殿

上福岡駅から北東1.5キロ。上福岡市の最北部に位置しており、新河岸川岸の台地上、農作地のただ中に鎮座。さきほどの八雲社と環境を比べるのも面白い。鎮座地は境界もなく、畑との境目も明確ではない。逆に言うと「農業神」の気配濃厚。


「白山神社」     
(埼玉県上福岡市川崎鎮座)

伊弉冉尊(イザナミ尊)

創建年代は不詳。
当社はもともと福岡村治右衛門の持ちであり、治右衛門が当地に移るとともに遷座したとされ、元禄頃には鎮座していたとされる。
氏子地域は川崎の字台。

上福岡
境内
上福岡
社殿

川崎ノ氷川神社から東に200メートル。同じような新河岸川沿いの武蔵野台地の高台に鎮座。
最初は入口がわからなかった神社。もうここしかないよ、という狭い砂利道をすすみ、民家の半敷地のようなところを通って発見。まさに信仰地域が特定の地元に限定されている神社という感じ。


氷川神社<村社>  
(埼玉県上福岡市長宮鎮座)

健速須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命

長宮は市の中央部に位置している。地名は当社に由来。
創建年代は古く、長徳元年(995)に平安期の北面の武士であった星野信秀が出雲簸川の杵築大社(出雲大社)からこの地に移住し勧請した神社であることが伝承されている。
戦国期には衰退したが、天正19年(1591)に復興し、慶長14年(1609)に社殿再建。元和二年(1616)に修繕されている。
明治4年に川越県第六区の「郷社」となるが、同年に入間県が成立すると、行政地区が改められ当社は「村社」となる。明治27年に社殿再建。

なお当社を長宮と称するのは所沢三ヶ尻の長宮中氷川神社を勧請した為という説もある。
氏子地域は下福岡・中福岡・滝・中央1・2丁目・富士見台・新田・清見・ハケ(土へんに赤)。
以前は上福岡も氏子であったが、当社から離れていて参拝に不便であるとの理由で昭和5年に当社を分霊して八雲神社を創建。当社氏子からは分離している。

上福岡
正面
上福岡
出会いの泉<手水石>
上福岡
拝殿
上福岡
社殿

上福岡駅から東に1.5キロの地。上福岡市のほぼ中心部の住宅街に鎮座。市の総鎮守だけあって、社地はかなり立派に整っている。参道には斬新な手水鉢がとりいれており、興味深い。境内気配は開放感にあふれており、ちょっとした休息にも最適な環境。


八幡神社<村社>     
(埼玉県上福岡市駒林鎮座)

誉田別命

創建年代は不詳。もともと当社は富士見勝瀬の榛名神の属神であったという。いつのころか八幡社となり村の鎮守とされている。
また、鷺宮が村の鎮守であったが、領主が八幡を信仰していたので当社が村鎮守になったとも、榛名神が舟でやってきて、舟は御舟山になり、船頭が鷺宮になったとも伝承されている。
一間社流造の本殿は享保19年再建とされている。
明治40年に稲荷・鷺宮・山神・神明・浅間を合祀。
氏子地区は駒林。明治5年村社。

上福岡
正面
上福岡
参道
上福岡
社殿
上福岡
本殿

上福岡駅から東に約2キロ。富士見市との境目近くに鎮座。鎮座地の南500メートルには富士見勝瀬の榛名神社が鎮座している。参道を歩くのが心地よい神社。
ちなみに私はこのあと北上して古尾谷八幡に向かったりしている。自転車で・・・。
そうなのだ。実は自転車で上福岡市に赴いたりしたのだ。


参考
各神社由緒案内等
「埼玉の神社 入間・北埼玉・秩父」昭和61年4月/埼玉県神社庁神社調査団編/埼玉県神社庁
「上福岡市史・資料編第5巻民俗」平成9年7月/上福岡市教育委員会・上福岡市史編纂委員会編集

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