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景行天皇の系統

 

第12代景行天皇前述)は若建吉備津日子王前述)の娘であった針間之伊那毘能大郎女を最初の妻とした

景行天皇と針間之伊那毘能大郎女の系統

針間之伊那毘能大郎女

はりまのいなびのおおいらつめ

景行天皇の最初の妻

櫛角別王

くしつぬわけのみこ

景行天皇と針間之伊那毘能大郎女の子
・茨田下連(まむたのしもむらじ)の祖

大碓命

おおうすのみこと

・景行天皇と針間之伊那毘能大郎女の子
・守君、大田君、島田君の祖
・小碓命に殺されてしまう

小碓命
倭男具那命
倭建命・日本武尊

おうすのみこと
やまとおぐなのみこと
やまとたけるのみこと

・景行天皇と針間之伊那毘能大郎女の子
・小碓命(日本武尊)としての業績は後述
・古事記では孤高孤独に客死する悲運の皇子
・書記では征夷大将軍として天皇の勅を授かり、勇躍する英雄
気比神宮(官大、敦賀)建部神社(官大、滋賀栗太郡)

倭根子命

やまとねこのみこと

・景行天皇と針間之伊那毘能大郎女の子

神櫛王

かむくしのみこ

・景行天皇と針間之伊那毘能大郎女の子
・紀国の酒部阿比古、宇陀の酒部の祖

 

続いて八坂之入日子命前述)の娘であった八坂之入比売命を二人目の妻とした

景行天皇と八坂之入比売命の系統

八坂之入比売命

やさかのいりひめのみこと

・景行天皇の二人目の妻
・針間之伊那毘能大郎女が薨去された後の皇后となる

若帯日子命
成務天皇

わかたらしひこのみこと
せいむ

景行天皇と八坂之入比売命の子
・第13代成務天皇となり、95歳で崩御(書記は107歳)

五百木之入日子命

いほきのいりひこのみこと

押別命

おしわけのみこと

五百木之入比売命

いほきのいりひめのみこと

・景行天皇と八坂之入比売命の子

 

ある妻妾に産ませた子

豊戸別王

とよとわけのみこ

沼代郎女

ぬましろのいらつめ

・景行天皇の子(母名不明)

 

同じくある妻妾に産ませた子

沼名木郎女

ぬなきのいらつめ

香余理比売命

かよりひめのみこと

若木入日子王

わかきのいりひこのみこ

吉備之兄日子王

きびのえひのみこ

高木比売命

たかぎひめのみこと

沼代郎女

おとひめのみこと

・景行天皇の子(母名不明)
・書記では八坂入媛の子

 

続いて日向之美波迦斯毘売を五人目の妻とした

景行天皇と日向之美波迦斯毘売の系統

日向之美波迦斯毘売

ひむかのみはかしびめ

・景行天皇の五人目の妻
・書記では景行天皇の九州遠征の際に日向で妻にしたという

豊国別王

とよくにわけのみこ

景行天皇と日向之美波迦斯毘売の子
・日向の国造の祖

 

皇后であった伊那毘能大郎女の妹である伊那毘能若郎女を六人目の妻とした

景行天皇と伊那毘能若郎女の系統

伊那毘能若郎女

いなびのわかいらつめ

・景行天皇の六人目の妻
・皇后の伊那毘能大郎女の妹

真若王

まわかのみこ

日子人之大兄王

ひこひとのおおえのみこ

景行天皇と伊那毘能若郎女の子

 

倭建命の曽孫、須売伊呂大中日子王の娘である訶具漏比売後述)を七人目の妻とした
倭建命の曽孫と倭建命の父親(景行天皇)というのは世代的に大矛盾だが・・・

景行天皇と訶具漏比売の系統(倭建命の系統で後述

訶具漏比売
迦具漏比売

かぐろひめ

・景行天皇の七人目の妻
・倭建命(景行皇子)の曽孫、須売伊呂大中日子王(後述)の娘

大江王
大枝王

おおえのみこ

景行天皇と訶具漏比売の子

 

景行天皇は古事記記載の21人の子のほかに、59人おられ、合わせて80人の子をなしたという。
80というのはヤソ=多くの意味

80人のうち、若帯日子命と倭建命と五百木之入日子命は太子の名を負い、
そのほかの77人は国々の国造等に任命・分封されたという

 

 

 

   日本書紀では例の如く、后の名や子の名前が違うが、重要な人物に於いては同一。故に枝葉の補完は特にしない。

   次の段は書記と古事記で大幅に趣が違う。景行天皇の九州親征が古事記には一切記載がない。また倭建命の東征にも違いがある。

   さしあたっては古事記を記し、景行天皇の話は余力があったら附記する形をとる。


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