「郷土の鎮守様〜銚子外川大潮まつりの風景」
2007年8月
「渡海神社」「銚子外川ノ大杉神社」
神社に関してはこちらより
7月28日は銚子で大潮まつりがありました。 本来なら、銚子川口が28日で、外川が29日らしいですが、選挙のために外川も川口と同じ日に大潮まつりを開催。
風が少なくて、
微妙にもやがかっているなかで電車はのんびりと走ります。
8時27分、外川着。 外川の街から「渡海神社」にむかいます。
外川の街は、町内会毎に「鳥居」がもうけられていて、神事のにおいが漂っています。軒先には「おまつりの提灯」もぶらさがっていて、今日は「ハレの一日」
港にいくと、御神輿を迎える準備も整えられていました。
さて、外川の南に鎮座している渡海神社にいってみましょう!
外川の大潮まつり
外川駅から南下して8時45分に神社に到着。 渡海神社境内はたくさんの人であふれています。 みんなまつり装束で、すでに盛り上がっていたりして、極相林の社叢は熱気に包まれてむちゃくちゃ暑いです
そんななかで、一眼レフを二台ぶら下げた私は、、、なんの報道でしょうか?な状態。 これでも観光客のつもりです。 それでも普通に馴染んだような顔をして本殿を目指します。 ・・・いきなり、外川で知った顔の人に発見されましたが。
「渡海神社」
<銚子市高神西町鎮座・とかい神社・明治社格は旧郷社>
祭神:綿津見大神(わだつみのおおかみ) 祭神:猿田彦大神
犬吠埼の南端に鎮座。
創祀は和銅二年(709)とも大同年間とも言う古社。 東海鎮護と銚子半島の鎮めとして創建。 当初は銚子漁業発祥の地である外川浦日和山に創始されたという。
貞元元年(979年)に遷座し延宝2年(1674年)に現在地に遷座。 明治6年に郷社列格。当時は高神村の氏神。
当社の社叢は極相林として千葉県指定の天然記念物として保護されている。
東庄町の東大社と小見川町の豊玉姫神社、海上町の雷神社の三社が 銚子外川浜に渡御したことから渡海神社と呼ばれ、 現在では20年に一度行われる神幸祭の渡御前日の宿泊社となっている。
9時から祭事が始まります。 社殿前では厳粛な空気のなかで神職さんが儀式を執り行います。氏子さんの代表等が祓いをうけて、清められます。
そのちょっと離れたところでは御輿の担ぎ手たる若者や、子供たちがにぎやかに盛り上がっています。
港町の御輿巡礼がいよいよはじまります。 午前9時20分。神事を終え、境内から街に御輿が繰り出していきます。
外川の大潮まつり (漁港)
9時30分過ぎに、渡海神社から一本真っ直ぐに神輿巡業が犬若方面にくだります。
そこから外川の漁港の三カ所に、鳥居が建てられていて、それぞれの漁港関係者や町内で、祭礼が行われつつ飲み物や食べ物が振る舞われ、神輿はゆっくりと進みます。 担ぎ手はずぶ濡れになったりしながらも、非常に良い天気で、すぐに乾いてしまうようでした。
朝のうちは、靄っていました犬若の千騎岩。まずは、祭礼が執り行われます。。。
子供たちによる祭囃子の演奏もありました。 ずっときになっていたんですけど、囃子の演奏も、御神輿のかけ声もどことなく関西風に聞こえました。これは気のせいでしょうか?
外川の大潮まつり (水掛け)
昔は、大潮まつりで御神輿は海に入っていたという話を聞きましたが、いまは海にはいるのは取りやめて、各所で「水」をぶっかけていきます。 外川の大潮まつりは「海の神様」を祀っている漁師町のお祭りです。
迫力と熱気あふれる漁港のまつり。埼玉県人な私は港町とはなかなか無縁で、もちろん「港町のおまつり」も初めてみました。 銚子外川の魅力を再発見した、ちょっとお得な気分ですよw
12時ちょっとまえ。 お昼休憩を終えて外川漁港から神輿が大杉神社に繰り出します。
『外川ノ大杉神社』
祭神 猿田彦命
渡海神社の旧地と伝承。 大杉神社といえば霞ヶ浦湖畔南側の茨城県稲敷市にある大杉神社が総本社ともいわれているが、銚子外川の当社が、茨城から勧進されたかまでは不明。
広大な利根川流域から霞ヶ浦にかけて、あんば信仰の大杉神社が分布していると言うこともあり、利根川河口域の銚子外川に大杉神社が鎮座していることも興味深い。 本源の大杉神社は、倭大物主櫛甕玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)および大己貴命・少彦名命を祀っている。 渡海神社の海神と、大杉神社の土地神という見方も楽しいかもしれない。
さて、御神輿が大杉神社に到着。今まで以上に、神輿が暴れて水がまかれます。 やっぱり、ずぶ濡れです。
このあとは、私は神輿から離脱して犬吠に戻りました。 さすがに御神輿について巡礼をしてしまうと、一日中ご一緒することになっちゃうから。 すでにこの時点で約4時間をご一緒してしまいましたが。
なかなか楽しかった港町外川の「大潮まつり」
機会があればまた見聞したいと思っています。
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