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「いつきまつる島・安芸詣で」
<平成16年3月参拝・平成16年3月記>


1.「いつきまつる島へ」/「厳島神社

2.「宮島散策(清盛神社・大元神社・多宝塔・五重塔・千畳閣)」

3.「速谷神社」/「多家神社」

4.「広島護國神社」/「広島城」



いつきまつる島へ

どこかに行こうとは思っていた。正直、どこでも良かった。
三ヶ月前に割引で販売される航空券がある。そんなチケットで岡山に行こうかと思っていたが売り切れていた。では和歌山にしようかと思ったがこちらも売り切れていた。
さてどうしよう。悩んだ末に空席があった「広島」行きが決定した。広島空港は中心地から離れておりアクセスがしにくいことも承知していたが、それでも広島にいくことになった。

なにげに広島の土地に行くのは初めてであった。大体は修学旅行とかで行くところらしいが、私の学校は「長崎」にて平和学習とやらを行った」ので「広島」に行く機会がなかった。

徹夜状態の朝4時。眠いのか眠くないのかかはよくわからないが、始発電車に乗り込み、一路羽田空港を目指す。案の定、途中で睡魔に襲われる。乗り換えのたびに心臓を悪くする。
目をあけたら、降りる駅だったりするのはかなり心理的によろしくない。もう目をつぶらないぞ、と辛抱強くがんばるもいつしかうとうと。
羽田空港に到着できたのもある意味、奇跡的に近かった。これから「いつきまつる島」へ向かうという、神意的な気持ちが勝っていたとしかいいようがない。

昨年以来、もう何度も繰り返す空港の手続き。昔の私では考えられないぐらいに快適な選択肢だった。間違いなく昔の私には飛行機にのるという行為が存在していなかったのだから。まさに隔世の感、であった。
それもこれも「神社探訪」のおかげだった。かつての鉄道趣味者は鉄道を愛しつつも飛行機を利用するのだから。
入場ゲートの荷物検査。いつものように「モバイルノートパソコン・リブレットL5」「時計」「財布」「プレーヤー」やらをトレーにのせて通過する。
ブーっとか鳴っているし。思わずポケットをあさり「カギ」わたす。今度は問題なし。ところが荷物が引っかかる。
・・・仕事で使っている「カッターナイフ」が見事にひっかかる。置いてくるのを忘れてた。
それだけのために荷物を預けるのも面白くないので、「うーん。これはまずいですよね。処分してかまいません」ということで、あっさりと処分をする。さようなら。カッターナイフさん。

搭乗口前のイスにおさまり、ぼーっと萌えていると、不吉な館内放送が耳に入る。
「広島空港、降雪のため、天候が悪化したした場合は福岡空港、もしくは大阪伊丹空港へと着陸する可能性があることをご了承ください。」とかいっている。
普通にご了承はできないが、なにやら楽しくなってきた。そういうのも良いのだろう。まあ、成り行きに身を任せることにする。

飛行機
広島に向かう搭乗飛行機

乗るべき飛行機に乗り込み、ぼーっとしているといつものごとくな急上昇。なれないうちはビクビクものであった飛行機も、いつのまにか愛用の交通手段となっているのだから驚きである。飛行機はいたって順調に飛行。ただ雲が多いらしく、窓の外を眺めても下界に雲が広がるのみ。好奇心旺盛なうちは、地上をながめて今はどこそこあたりだなと地形図を思い浮かべて飛行位置を空想するのが楽しかったが、さすがに私ももう眠い。適当に寝るだけだった。

そろそろ広島空港に着陸する旨が放送される。改めて「雪」が云々を思い出し、窓の外に目をやる。飛行機は滑空降下中。たしかになにやら降っている。ただ滑走路は積もってはいないようだったが、遠くの方では白くなっている。
・・・冗談抜きで雪景色だった。関東地方は四季の彩りが少ない方で、今年は雪を見る機会がなかった。東北北陸ならいざしらず、まさか広島で雪を迎えることになるとは。全く予想外の範疇であった。
外に出るとすぐさま高速バスが待っている。広島の郊外にあるがゆえにバス以外にアクセス方法がないのだ。バスに身を任せとりあえずは「広島駅」までむかう。あいかわらずの睡魔とたわむれながら時折目を開けると銀世界。なにやら夢心地な感覚。たしかに日帰りで広島を往復しようという計画自体が常人の発送ではない。身体と心の一体感を失ったかのような感覚、ともいう。心はきっとまだ東京、いや我が家で寝ているままなのだろう。

JR広島駅に到着したバスからすぐさまJR山陽本線に乗り換える。このあたりの接続はきわめてスムーズ。もともとは「鉄道趣味者」なのだから鉄道の方がよっぽど安心感がある。まずは宮島厳島をめざす。今日の目的の大半がこの「いつきまつる島」にあると言っても良い。逆にいうと「厳島神社」以外の予定はいくつか候補はあれど、いまだに未確定だった。

宮島
赤いJR船と青い松大船
宮島
宮島に向かうJR船
宮島
宮島にむかう松大船
宮島
いつきまつる島・宮島
厳島神社
輝く海上から臨む厳島神社
厳島神社
厳島神社

潮の匂いが窓越しでも恋しくなってくるとそろそろ「JR宮島口駅」。ここからJR航路に乗りかえる。宮島に渡る手段はいくつかあれどもっともメジャーなのが「JR航路」と「松大敢行航路」という併設するふたつの航路だろう。はじめて宮島にわたるのであれば私は「JR航路」をおすすめする。なぜならJR航路のほうがより南側に進路をとっているから。
これが何を意味しているか。南側を航行することによりJR航路は満潮時には「海から望む厳島神社」を目前に広げてくれるのだ。ゆえに私は「JR航路」に身を任せる。最初から海から見る姿を念頭に置いているので進行方向の左側を確保し、予想以上に雄大な姿を見せてくれた「宮島」に敬意を表する。水間に浮かぶ社殿に敬意を表しつつ、あこがれていたお馴染みの光景を目の当たりにして、大いに感慨深いものがあった

上陸をはたして、一瞬レンタサイクルすべきかどうかを悩む。たいした時間ではないが、もはや呉・江田島をあきらめていた私は宮島だけで充分であった。ゆえに、ここは自分の足で歩きたかった。

海べりを10分弱ほどあるくと、大鳥居がみえてきて、そして石鳥居をくぐる。潮の香りをかぎながら、厳島の社殿がみえてくる。もううれしくて仕方がない私。満潮ちかい状態で、ある種あこがれていた光景に出会えたのだから。


厳島神社 (式内名神大社・安芸一の宮・官幣中社・伊都伎島神社・国宝・世界遺産)
<広島県佐伯郡宮島鎮座・朱印

平成17年6月再訪問写真有り

主祭神:
市杵島姫命・田心姫命・瑞津姫命

相殿配祀:
国常立尊・天照皇大神・他


由緒
安芸国一の宮。神をいつきまつる島であり島全体が神体。かつては人の居住や田畑の耕作もみとめられなかった神聖な島であり、出産や葬式などの不浄も対岸で行われたという。

創立年代は不詳。社伝によると推古天皇元年(593)に佐伯郡に住んでいた佐伯鞍職(くらもと)が託宣をうけて宝殿回廊を建立し神領を寄進したことが最初の記録となっている。
延喜式では「名神大社」に列し、後一条天皇の寛仁元年(1017)には一代一度の大奉幣に預かる全国屈指の神社となっていた。
平清盛が久安2年(1146)に安芸守に任命されると神主佐伯景弘に命じて社殿と回廊の造営を行わせ、平家の氏神的存在となる。
寿永4年(1185)に平氏が壇ノ浦で滅び、源氏の治世となったが、源頼朝も厳島を崇敬すること平氏と変わりなく、その後も足利尊氏・大内義隆・毛利元就・豊臣秀吉・広島藩浅野家などが社殿修造や社領寄進などを行い崇敬してきた。

現在の社殿は平清盛が改築したものを伝えているとされ、多くが国宝・重要文化財に指定されている。以下に主なるものを記載。もちろん文化財はこれだけではなく、記載しきれないほどにあるのだが。
国指定国宝建築物
本社本殿/幣殿/拝殿/祓殿・・・元亀二年(1571)、毛利元就が改築。
摂社客神社本殿/幣殿/拝殿/祓殿・・・社殿配置は本社とほぼ同じ建築構成。
回廊・・・室町期から桃山期にかけて改築。

国指定重要文化財建築
大鳥居・・・明治8年に造替。
能舞台・・・永禄11年(1568)頃の造営というが江戸期の改築が色濃い。平成3年の台風で倒壞したが、6年に古材を用いて再建。
摂社天神社本殿・・・弘治二年(1556)、毛利隆元の建立。連歌堂ともいう。
摂社大国神社本殿・・・元亀二年(1571)の改築。
長橋・・・桃山期の造営。
揚水橋・・・桃山期の造営。
反橋・・・弘治三年に毛利元就・隆元父子の造営。別名、勅使橋。
朝座屋・・・桃山期。昭和40年頃までは社務所として使用。もとは神職が祭典の祈りに集まった場。

厳島神社
厳島参道石鳥居
厳島神社
大鳥居(重文)
厳島神社
社殿遠望
厳島神社
参拝入口
厳島神社
左:客神社祓殿(国宝)
中央:大鳥居(重文)
右:東回廊(国宝)
厳島神社
客(まろうど)神社社殿(国宝)
祭神:天忍穂耳命・天穂日命・
活津彦根命・天津彦根命・熊野樟日命
厳島神社
客神社本殿(国宝)と五重塔(国重文)
厳島神社
客神社本殿(国宝)後方
厳島神社
廊嘴(しらさき・・・回廊の先端の意)と大鳥居(重文)
厳島神社
高舞台(国宝)
厳島神社
本社祓殿(国宝)から高舞台(国宝)を臨む
厳島神社
本社社殿(国宝)
厳島神社
本社祓殿(国宝)
厳島神社
本社社殿後方の杜に鎮まる「不明門」
厳島神社
本社宝殿(国宝)と幣殿(国宝)
厳島神社
反橋(重文)
厳島神社
西回廊(国宝)
厳島神社
摂社天神社(重文)
厳島神社
右・能楽屋/左・能舞台(重文)
厳島神社
能舞台(重文)

厳島神社。わたしの期待通りに、そして期待以上に、そこに鎮座していた。
疑似体験的にみてきたものが、まさに目の前に展開している。まさしく冷静さを失い、一歩歩む毎に感慨を深くする。
海に面している社殿は、海上守護であり、そして海と共に歴史を培ってきた。それこそ奇跡的に。
私は単純に歴史の風を感じる。回廊を歩み、あたりを見渡し、静かに拝し、そして直感的に心がざわめく。
単純明快に夢中だった。
日帰りで、まさしく厳島神社のためだけに「広島」まできたといっても良い行動にすら満足していた。
もし、時間が許すのだったら午前中の「満潮」と午後の「干潮」。両極端の気配を楽しむのも良いだろう。
ただ、私は貧乏性。せっかく遠征したのだからいろいろと見て歩かないと損をした気分になる。「いつきまつる島」だけを満喫するという最大の贅沢は将来にとっておこう。
回廊をゆっくりと歩み、雑多な気配を存分に味わった私は、そのまま宮島をさらに歩くことにする。


参考文献
神社由緒看板及び御由緒書
神社辞典・東京堂出版


2.「宮島散策(清盛神社・大元神社・多宝塔・五重塔・千畳閣)」に進む


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