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神のやしろを想う・特別編「お伊勢参りの風景」
4.瀧原編



1.外宮編 目次 / 2.内宮編 目次 / 3.月讀・倭姫編 目次

3.瀧原編 目次
ローカル紀勢本線」/「瀧原宮へ」/内宮別宮・瀧原宮、瀧原竝宮/「街へ


ローカル紀勢本線
 14時52分に伊勢市駅から電車に乗って15時13分に多気駅。15時20分にJR紀勢本線に乗り換え。滝原駅到着予定は15時52分。
 本当はもっと早い時間に行きたいのだけれども、電車が走っていないのだから仕方がない。紀勢本線の本線とは名ばかりで、多気駅から新宮駅までを結んでいる鈍行は8本、特急は6本。時間も劣悪で多気発の鈍行は5:39、7:12、9:31、13:15、15:20、16:32、17:37、19:05というありさま。もっとひどいローカル線も知っているが、ローカルでない本線でこの有様である。
 伊勢を参拝してから行こうと思うと、必然的に15時20分しか選択肢はない。もっとも夏時間なので「神社の営業」は問題ないようだけれども。(なかには17時で閉鎖という神社もある。伊勢の椿大神社とか。あそこは危なかった/笑)

えき
重厚な近鉄宇治山田駅
(JRの駅は撮っていませんでした/笑)
でんしゃ
JR紀勢本線(多気駅にて)
キハ48 


 紀勢本線のキハ48に搖られながら紀伊の国のようなところを走る。考えてみれば三重は意外と細長く、熊野市なども三重県の内。どうにもイメージとして紀伊半島=紀州=和歌山と連想している。もちろん紀伊の伊は伊勢であるのに、私のイメージは偏屈であった。とにかく紀伊半島の三分の一を三重県が占めている。紀伊半島の鉄道を担う、大動脈たるべき偉大なローカル線は南下する。
 15時52分。なんというか、予想通りの無人駅に私は降り立つ。降りた乗客は4・5人。当然にして地元の人びとであり、時間も時間ゆえに帰宅するのであろう。

 駅に着いたら宿屋にチェックインが遅れる旨を言おうかと思ったら、当然の如く圈外。しょうがないので電話ボックスを使う。これから滝原で2時間を過ごし、伊勢市内に戻るのは20時頃となるのだけはわかっていたから。鉄道ダイヤの関係で。
 とことん予想通りの「僻地」に放り出されたような気分になる。日頃から慣れている人と比べると「都会人」は圧倒的にこの手の環境に弱かった。


瀧原宮へ
 駅前を歩く。唐突に恐ろしいばかりの光景に出くわす。橋の上。下を流れる川は「溪谷」であった。日頃見慣れない風景ばかりで、無意味に私は興奮している。観光客が知らない土地を私だけが知っている、そんな気分にさせてくれる。この手の都会的な住民は、「旅行」という行為でもって、日常からの脱却をはたす。それが何よりも心休まる時であるから。
 そう思っていると、目の前の交差点に「コンビニ」が鎮座。急に都会的環境がありがたくなり飲料水を購入ついでに「滝原宮」への道を尋ねる。
 
 一直線に「細道」を歩く。長閑なみち。子どもたちが遊んでる。私が歩くのが恥しいような、静かにそっとしておきたいような、閑静な道を歩く。歴史を感じさせてくれる細道。特に名勝的な道でもないだろう。ただ、あまりにも風土的なその道は時代のいぶきを感じさせてくれる。

かわ
滝原駅前の「大内山川」
みち
滝原宮へ至る細道

 何分ぐらい歩いただろうか。駅からゆっくりと風土を味わいながら歩くこと20分(1.5キロ)ほどで、やっと「滝原宮」の入口に到着する。


「内宮別宮・瀧原宮、瀧原竝宮」
祭神:天照坐大御神御魂(あまてらしますおおみかみのみたま)
両宮とも同じ祭神。

 宮川の支流大内山川が溪谷をなしている山間に鎮座。
 第11代垂仁天皇の皇女、倭姫命が御杖代として天照大神を奉戴して、宮川下流の磯宮(内宮)を出発し上流に鎮座地を求めて進んでいると、砂をも流す急流に行く手をふさがれてしまう。そこで困っていると真奈胡神(まなごのかみ)が出迎えて倭姫命を渡した。その地が、今の内宮摂社「多岐原神社」(瀧原宮下流6キロ)であるという。
 倭姫命は真奈胡神の案内で更に進むと「大河の瀧原の国」という美しい土地があったので、その地に「瀧原宮」を建てられたという。そののち天照大神の神意によって再び伊勢の地に戻られ、この地は御遷幸後もかわることなく天照大神を奉っている。
 両宮ともに天照大神の御魂を奉っているのは、和御魂と荒御魂を奉っている形式にのっとているという。
 一説には祭神は水戸神速秋津日子・速秋津比売を奉っていたという説もある。

瀧原宮 瀧原宮
瀧原宮 左上:瀧原宮入口
上:瀧原宮参道(かなり鬱蒼として薄暗い)
左:瀧原宮の御手洗川。(実際はこんなに暗くない)
瀧原宮 左:瀧原宮二宮(左から瀧原竝宮・瀧原宮)
左下:瀧原宮(右側に鎮座)
下:瀧原竝宮(左側に鎮座)
・・・おなじじゃんとかいわないで(笑)
瀧原宮 瀧原竝宮

 境内は44ヘクタール。地勢は内宮とよく似ており、山をひかえて南面し、T字型に合流する川と、鬱蒼としげる自然林に覆われた環境。

境内には皇大神宮(内宮)所管社も鎮座している。
「長由介神社」(ながゆけ神社・内宮所管社)
祭神:長由介神
由来:瀧原宮の御饌の神をお祭りしている。また「川島神社」(内宮所管社・川島神)が長由介神社同座とし鎮座している。

「若宮神社」(わかみや神社・内宮所管社)
祭神:若宮神
由来:瀧原ゆかりの水分神をまつっているともいう。

瀧原宮
長由介神社
瀧原宮
若宮神社 

 正直なところ、この環境に惚れまくってしまった。私の経験上、水の綺麗な神社に悪い神社はないといったところ。ここまできた道のりも大変であった、鉄道ダイヤに悩まされ、やっとの思いで到達。そしてゆっくりと歩いて参道をすすむ。この参道。一歩一歩歩むたびに心が洗われるようで「神社信仰の原点」すら感じてしまう。
 御手洗場。ちょっとじっとりとした石段を降りてみる。川。本当に自然の川に降り立つ。冗談みたいに水が綺麗すぎる。何の違和感も抱かずに口に含める。ほのかな甘さが口に広がるような感じ。手を洗って、顔を洗って、気分も一新。まさに身を清めるという行為の見本のようなことをしてしまう。

 先に進むと「やしろ」が二つ整然と並んでいる。思わず嬉しくて慌てて駆けよる。石が参道に合わせて白と灰色に分けられている。ちょっと細かいそんなことまでもが嬉しくなってくる。そんな白石の上を歩いて考える。手前にある瀧原竝宮よりも奧にある瀧原宮を先に参拝するべきかなと。もっとも行為よりも心がけなので、気にしないことにして竝宮は略式参拝、瀧原宮は正式参拝する。

 なんてことはないけど、楽しくてしょうがない。誰もいないし、何もないといえば何もないけど、ここに身を置いている不思議さが楽しい。

 札所。本来は宿衛屋というらしい。開いているようだけど誰もいない。奧には豪快に「監視モニター」が置いてあっていたるところが映しだされている。他の宮と違つて僻地だし、衛士もそんなに配置できないのだろう。おかげであっちこっちに監視カメラを発見してしまう。上手い具合にカメラはカモフラージュされているのだけれど。
 で、誰もいないのは困るので呼んでみる。・・・誰も来ない。境内は広いと言っても一本道なので他の場所に居るはずがない。念のため中を覗いてみると音が聞こえるので誰かはいるはず。2.3回呼ぶも誰も出てこない。しょうがないので、しばらく散歩して、戻ってきて呼んでみてを繰り返す。私が馬鹿みたいだ。
 10分以上たってやっと神職さんが登場。もしかして寝てかも。いやいや寝ていたはずがない、と信じたい。余程機嫌が悪いのか(寢起き??)、朱印を戴くも、参拝日付を忘れてしまったみたいだ。気が付いたら書いてなかった。こちらから催促する雰囲気でもないし、まあいいか、ということになってしまう。

 神職の応対が悪いが、神社環境は最高。好きな神社・おすすめの神社ときかれたら、間違いなくおすすめしたい神社に決定。かなり僻地だけど、伊勢の内宮よりもおすすめ。

 結局、誰もこなかった。私は帰りの電車の関係上、時間がありあまっているから1時間ぐらいはいたが、そのあいだ他の参拝客は一人もいなかった。
 神がおわす雰囲気。そういいきってもよいぐらいに「神域」は「神域」らしく気配を漂わせてくれる。きっとこの自然環境がそんな気分にさせてくれるのだろう。こういう自然の神社が駅から歩いていける距離に鎮座しているのがなによりも嬉しい。


街へ
 時間はたっぷりあっても、消費されていく。同じ道を歩き、同じ駅前に戻ってくる。この国鉄時代の標準的なローカル駅の造りに安心感を抱く。なんか懐かしい、そんな駅の佇まい。駅ではあるけど、無人駅。しばしのあいだ私だけの休息の場となる。
 15時52分にこの駅を降り立ち、瀧原宮を参拝。そして2時間後の17時56分の電車にのる。最初はこんなことろに2時間もいらない、と思っていたがどうしてか充分すぎるほどに時間を堪能し、時間は充実していた。
 遠くで踏切の音が鳴り響き、そして二筋の光が真っ直ぐに延びる。二両編成。長すぎるホームをゆっくりと走る。誰も降りない駅。ホームで待つのは私一人。ただ一人の乗客を乗せ、再び静かに電車は走り出す。
 この地に来るのは何年後だろう。車窓からそんなことを思う。将来、またこの地を訪づれるような、そんな気がしてしまう。たいしたものは何もなし、瀧原宮も伊勢の別宮でしかない。そんな、ちいさな場所でしかないのに再訪するような気がしていた。

えき
紀勢本線・滝原駅
典型的な哀愁漂う「正しい田舎の駅」(笑)
えき
誰もいない駅で電車を待つ
でもこれが「心休まるとき」かもしれない(滝原駅) 

 17時56分の電車を乗り継いで伊勢市駅に到達するのが19時22分。しっかりと1時間30分かかってしまう。
 これで「お伊勢参り」の初日が終了。この参拝文では4編にもわたってしまったが、それだけの密度があった。さすがに伊勢であった。

 あとは夜食を頂いて、宇治山田駅前のホテルで爆睡するだけ。
 でも、そんなことはここで書いても仕方がない。
 
 次は「お伊勢参りの風景」として「志摩の内宮別宮・伊雑宮」と「二見の所管社」などを書いて幕引きしたいと思う。




5.伊雑・二見編」に進む



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